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名前

藤本怜

前所属チーム

横河武蔵野FC

ブログテーマ

3年間で成長したこと

ブログメッセージ

こんにちは。60期の藤本です。

自分自身この3年間を振り返ると結果がなかなかでず、順風満帆の対としてふさわしいほど苦しいものでした。 入学前に思い描いた未来予想がことごとくとして外れていきました。 毎年毎年新しい学年になってもAチームでプレーできない、練習試合すら出れなかった2年の数ヶ月、キーパーの中で5人目としてプレーした慶應高校戦、正直手放しでは喜べなかったインターハイ出場、気づいたら自分含めどんどん周りの3年生が練習試合組になってゆく和倉ユース、そして和倉で追い打ちをかけるかのように高校サッカーのラストスパートという場面での骨折。 そしてそのまま復帰叶わず高校サッカー自分は終焉。

予想もしてないようなことが幾度となく自らに降りかかりその度に動揺、混乱、葛藤が生まれました。 数回ではありますが心が折れかけたこともあります。メンブレしてやばい時も正直ありました。けれどそんな中でも自分は同期や周りに支えられすぎていたので、ここまでやってこれたと思ってます。同期として多くの時間を共にした彼らなしに僕の高校サッカーは語れません。絶対に自分一人だったら今ここにはいないという確信をもてます。 最初は週2で足がつってしまうような練習や、練習中に嫌というほど言われてきたステップなどもあり3年間で大きく成長したと思います。

耳にタコができるほどサッカー面もそれ以外も指導してくださったスタッフには感謝しかありません。当時は納得いくことも少なかったですが、今この文章を書いている僕は意外と言われたことが腑に落ちている気がします。

そして常に自分のそばで支えてくれた両親、結果が出ないで苦しんでる時も常に家に帰ったらご飯がある。朝練行き始めて同じ家に住んでるのになかなか一緒になる時間がとれなかったことは申し訳ないと思ってます。次の4年間も一緒にいれる時間がなくなってしまいますが、遠くからでもサポートよろしくお願いします。 サッカー人生で初めてレベルで同期のキーパーにも本当に恵まれたと思います。初回の練習で靴紐の結び方を学ぶような変なやつでしたが、僕の「7時から朝練ね」というわがままな誘いに雨ニモマケズ、風ニモマケズいつも来てくれて、遅刻ギリギリまでサッカーして、着替えが遅いだのと文句言いあったりといいキーパー仲間です。桐蔭学園チームキーパーとしてとても貴重な時間を過ごすことができました。 自分は友達にも恵まれ、 仲間にも恵まれ、 家族にも恵まれ、 環境にも恵まれた。

自分は本当に運がいい。 そう思います。

結果だけ見たらいい結果を残せたとはいえない高校サッカーだったけど、その中で常にサッカーのことを考えるようになったり自主練で朝から自分に向き合ったりという習慣がついたのでこの高校での高校サッカーで良かったと思います。 サッカーに向かう姿勢など、多くの学ぶことがある、なかなかに充実した濃いものなんだったのではないのかと今振り返りながらこの文章を書き進めてる中で思います。 結果は出なくとも学ぶことや得られることはその人次第でどうにでもなるのだな、と。

望んでないことが起こることがある。 理不尽がある。 理解できないことがある。 葛藤がある。 不公平がある。 結果がついてことないことがある。 何もかもが嫌になることがある。

でも自分はこの3年間で何度でも立ち上がること、折れないことがなによりも大事だと再確認できました。言い方は少し良くないかもしれないけど、自分に不合理を突きつけた人、自分以外の人をスタメンに抜擢した人達を見返す、後悔させてやるなどと人それぞれにモチベーションがあり、そのモチベーションの持ち方に正解はないと思ってます。それよりも大事なのはとにかくどんな状況に置かれたとしてもモチベーションを持ち続けること、さらにはそのエネルギーをどの方向にうまいこと使えるかだと思います。少し先を生きる自分、自分を心から応援してくれる人に恥じない行動を心がけることができれば、どんなことがあろうとも、最終的によい3年間だったと胸を張って言えると思いますし、なにより実感しました。

ここまで長々つらつらとまとまりに欠ける国語力に乏しい文章ではありましたが、こういったことを書くのは初めてなので大目に見ていただけると幸いです。 最後まで読んでいただき本当にありがとうございます。

失敗なくして成長なし。 故に挑戦なくして、成長なし。 まだたかだか18歳。 こんなとこじゃ終わらんよ我。やったんで。